シェルスクリプトマガジン

ITエンジニアのためのマーケティング入門 第18回 (vol.41掲載)

Written by 水間 丈博

本記事掲載のシェルスクリプトマガジンvol.41は以下リンク先でご購入できます。

おか爺:昔システム会社の役員をやっていたらしい。好奇心旺盛で意外とモノ知り。趣味は音楽(クラシックからJPOPまで!)と囲碁(有段者)。ちょっとした丘の上に住んでいるので「おか爺」と呼ばれている。やや奇怪な老人。

タケシ:工業大学でITを学び、小さなIT会社に就職したITエンジニアの卵。社長に「マーケティングを学んでおけ」と言われている。近くにある母方の祖父、おか爺の家に時々遊びに行く。趣味はサイクリング。まだ彼女はいない。

カンナ:タケシの後輩。大学では文学部で日本史を学ぶ。会社では広報部に配属された。

第18回 マーケティングの実践 – その6-

前回までのあらすじ

エンジニアのタケシは、社長からマーケティングを学ぶように言われ、近くに住む祖父「おか爺」の家に通い、マーケティングについていろいろ知識を吸収しています。マーケティングの基本について一通り学び終え、これから会社の後輩カンナちゃんと一緒にマーケティングの実践方法を学んで行こうと考えています。今回は「グローバル・マーケティング」のお話です。

今日はグローバルマーケティングの話をするかの。
グローバルってことは、海外でマーケティングをするってことだね?
進出先の言葉や文化を知らなくてはいけないから、国内よりはハードルが高くなるわね。
そうなんじゃ。国内市場の規模が十分にあれば、わざわざ国外に出ていく必要はないんじゃ。例えば次のようなリスクが大きいからなんじゃな。
うーん、最低限英語ができないといけないしボクには無理だなー。
そんな根性なしではいかんぞな。今やいつ海外に行くことになるかもわからん!次に挙げたような理由から、日本企業も海外進出の必要性が高まっているんじゃぞ!

・人口減で国内市場が飽和または縮小傾向にある

・経済が低成長で大きな利益をあげることが難しい

・低コストで国内製造することが難しい

・取引先や親会社が海外に進出する
でも日本の良い製品を歓迎してくれる世界の人も多いから、世界に出るって良いことなんじゃないかしら。
そうじゃな。海外に企業が出て稼いでもらわないと日本も外貨が獲得できん。じゃが、海外進出するからには、当然しっかりとしたマーケティング戦略をもって進出することが望ましい。
3C(競合、顧客、自社)とか、4P(製品、価格、流通、販促)を海外に置き換えて考えてみるだけでもスゴク難しそうだね。
その通りじゃ。「グローバルマーケティング」という概念は1990年代になって生まれたといわれていて、実は大変新しい言葉なんじゃ。それまでは多国籍企業で実施されているマーケティングが「国際マーケティング」と呼ばれていて、国境を越えて存立させた海外子会社(R&D、生産、物流、販売会社など)を組織化して、原材料の調達と生産のコスト低減、効率的な物流、大量消費地などを勘案して実施されていたのが手本だったんじゃな。
少しずつ海外に製品を持って行って、経験を蓄積してきたんですね。
ただ、初期のグローバルマーケティングは失敗も多かったんじゃ。これを見てみるがよい。

事例30:初期グローバルマーケティングの失敗例

以下の失敗例の原因は何だったか想像してみよう。
①コカコーラは、スペイン市場に「2リットルボトル」を導入したが、当初失敗に終わった。
②プロクター&ギャンブル(P&G)は、歯磨き粉「クレスト」をメキシコ市場に投入したがあまり売れず失敗した。
③S.C.ジョンソンは、日本に床磨き用ワックスを導入したが、当初まったく売れなかった。

出典 ?『マーケティング・マネジメント』
ミレニアム版 フィリップ・コトラー著
ピアソン・エデュケーション

コカコーラの2リットルボトルって、今でもあるよね?なんでだろ。重いものを持ちたくなかったのかな?
歯磨き粉は…甘くて受けなかったのかしら?床用ワックスは…日本の気候に合わなかったとか?
正解はこれじゃ。

<正解>
①2リットルのボトルが入るほど大きな冷蔵庫を持っているスペイン人がほとんどいなかった。
②メキシコ人はそれほど虫歯予防に気を使っておらず科学的な説明をされてもあまり理解しなかった。
③日本人は家の中で靴を履かないことを見落としていた。

えーっ?!こんな理由なの?
フフフッ。これ可笑しいわね!
ハハハ。おもしろいのう。しかしこうした昔の失敗からもいろいろ教訓を得ることはできるじゃろ。それぞれ直接的には①ボトルの保冷手段②国民の保健意識③居住空間の違い、に思いが行き届かなかったのが失敗の要因だったわけじゃが、それは進出国の生活習慣やライフスタイルをかなり深く探る必要性があるということなんじゃ。今でこそネットを使って海外事情を入手することは容易になってはいるが、特にコンシューマ製品の場合は気を付けなければならん。これには宗教的な要因なども大きいんじゃ。
自国では定評ある商品でも、外国ではどんな落とし穴があるかわからないよね。
日本でも古くから海外進出した企業はあるんじゃ。例えば誰もが知る味の素やキッコーマンはかなり以前から海外に進出して根付いておるんじゃが※1、失敗した例も数多くある。M&A(買収)の代表的な例を見てみようかの。
※1 「味の素」は1910年、当時日本領だった台湾に進出した。「キッコーマン」は1905年には朝鮮半島に工場を設立していたが、本格的なグローバル進出は1967年米国で生産開始したのが最初。

事例31:海外M&Aの失敗例

①NTTコミュニケーションズのベリオ社買収
NTTコミュニケーションズは、2000年に50億ドル(当時)の現金で米国ISP大手ベリオ社を買収した。ベリオ社はコロラド州で創業した小企業だったが、米国及びヨーロッパの小規模ISPを次々と買収し急激に成長していた。しかし買収直後、ネットバブル崩壊もあって急激に業績が悪化、わずか1年後には5000億円の減損損失を計上するに至った。
②第一三共のインド・ランバクシー買収
第一三共は2008年、インド製薬メーカー、ランバクシー社の株式を4900億円で買収した。しかし、その後米国FDA(食品医薬品局)から安全基準に疑義がかけられランバクシー製品が輸入禁止になってしまった。その結果2009年には3500億円の評価損を計上したほか、品質問題で巨額の米政府への和解金も発生した。経営陣を送り込むなど多大な人的投資を傾注したものの、その後主だった医薬品開発成果を上げられないまま、2015年にインド後発医薬品メーカーに3800億円で売却し終止符を打った。損失額よりも6年間におよぶ組織の疲弊と時間を失った代償の方が大きいといわれている。
③キリンホールディングスのスキンカリオール買収
キリンホールディングスは、2011年、ブラジル2位のビール会社スキンカリオールを3000億円で買収した。しかしその後創業者一族による経営権争いに巻き込まれたほか、圧倒的なシェア第1位のアンハインザー・ブッシュ・インベブ社に価格競争で敗れて低迷、ブラジル経済失速によるレアル下落もあって、1140億円もの特損を計上して上場以来初の最終赤字に陥ってしまった。スキンカリオール社の経営権争いは以前から業界内では有名で、同業他社が「意思決定に時間がかかる」と諦めていた現実を甘く見過ぎた失敗とみられている。
出典:『失敗? 成功? 巨額損失を計上したM&A10選』
M&A Online?https://maonline.jp/articles/kyogaku0066
『キリンが海外戦略で誤算、ブラジルのビール大手買収で泥沼』東洋経済Online?http://toyokeizai.net/articles/-/7937
いやー。難しいんだね!
ちょっとアンラッキーな面もあるけど、内部の調査が不十分なまま海外に巨額の投資をするのは怖いって思っちゃうわね。
確かに日頃厳しく経費を査定するのに、こうした大型案件に数千億円もポンと金を出すのは矛盾しておるのじゃが、それでも成功している企業も多いんじゃ。次回は成功の条件と事例を見ていくことにするかの。
(つづく)

【今回の用語まとめ】

グローバル・マーケティング:

世界全体を市場と捉え、国境を越えて言語、文化など様々な違いを吸収し事業を展開するためのマーケティングをいう。世界の市場へ適応するための「現地適合化」と「標準化」がキーポイントといわれる。世界市場を細分化した場合、個々の市場ニーズに応えるための人と組織、原材料調達、生産体制を最適化し、最も生産性やコストの有利な地域で生産し、販売可能な地域へ流通させるための経営戦略と密接に関係する。近年は世界的な規制緩和や様々な経済圏を通じて商品と情報のグローバル化が進み国際的M&Aが増加したことなどから、グローバル・マーケティングの重要性が高くなっている。

「グローバル・マーケティング」Wiki(英語版) https://en.wikipedia.org/wiki/Global_marketing