シェルスクリプトマガジン

ITエンジニアのためのマーケティング入門 第14回 (vol.37掲載)

Written by 水間 丈博

本記事掲載のシェルスクリプトマガジンvol.37は以下リンク先でご購入できます。

おか爺:昔システム会社の役員をやっていたらしい。好奇心旺盛で意外とモノ知り。趣味は音楽(クラシックからJPOPまで!)と囲碁(有段者)。ちょっとした丘の上に住んでいるので「おか爺」と呼ばれている。やや奇怪な老人。

タケシ:工業大学でITを学び、小さなIT会社に就職したITエンジニアの卵。社長に「マーケティングを学んでおけ」と言われている。近くにある母方の祖父、おか爺の家に時々遊びに行く。趣味はサイクリング。まだ彼女はいない。

カンナ:タケシの後輩。大学では文学部で日本史を学ぶ。会社では広報部に配属された。

第14回 マーケティングの実践 – その2 –

前回までのあらすじ

エンジニアのタケシは、社長からマーケティングを学ぶように言われ、近くに住む祖父「おか爺」の家に通い、マーケティングについていろいろ知識を吸収しています。マーケティングの基本について一通り学び終え、前回からは会社の後輩カンナちゃんも一緒にマーケティングの実践方法を学んでいこうと考えています。

さて、普通の会社にとって最も重要な目的はなんじゃろ?
うーん、良い商品やサービスを出し続けて利益を上げることかな?
お客さまをできるだけ多く集めてファンになってもらうことじゃないかしら?
タケシ、イマイチじゃな。カンナちゃんが正解じゃ!
わーいっ!
でも、お客さんを集めただけじゃ利益がでるかわからないよね?
タケシや、お客さんが大勢いるのにつぶれた会社はないんじゃ。たいてい、お客さんが減って立ち行かなくなって会社を維持できなくなるんじゃ。
確かに最近そうした例が多いかもね。
前に紹介したことのあるドラッカー先生の話では、「企業の目的は一つしかない。それは“顧客の創造”であり、さらに“企業=営利組織ではない”として、“企業とは何か”を決めるのは顧客以外には存在せず、だから基本的な企業の機能は“マーケティングとイノベーションだけである”。」と説いているんじゃよ※1

※1 ドラッカーは第1章「企業の成果」の冒頭で“企業=営利組織ではない”とし、古典派経済学への批判とともに、利益は大切だが利益動機なるものは無意味であり存在することさえ怪しい、と指摘している。
出典:『エッセンシャル版 マネジメント 基本と原則』P.F.ドラッカー著 上田惇生編訳 ダイヤモンド社

そうか。企業は「利益目標」を達成することが使命のように思っていたけどなぁ。
それは企業の存在意義を考えてみれば目的にはならんことがすぐわかるじゃろ。確かに利益も必要ではあるが、それは“目的ではなく条件”なんじゃ。さて、カンナちゃん、会社ではどうやってお客さんを見つけるのかな?
昔は雑誌広告が多かったらしいんですけど、あまり効果がないらしくて。今はホームページと展示会がメインみたいです。時々セミナーも開催しているようです。
なるほど。BtoB企業が普通によくやる手段じゃな。
新しいお客さんを見つけるのが、やっぱり会社でも課題になっているみたいだよー。
そうじゃろ。ま、BtoBの話は後回しにして、まずはファネルマーケティングの話からするかの。
ファネルマーケティング?
要するに“じょうご(漏斗)”のようなものじゃよ。
元が広くて先が細いあのじょうご?
お客さんと何か関係があるのかしら?
図1をみてみぃ。ある商品に、まずは大勢の潜在的なお客さんが気付く(Attention)、次に気付いたお客さんの中で興味を持った人たち(Interest)が“欲しいなー”と考える(Desire)、次にこれが意識の中に記憶され(Memory)、最後に購買行動に出る(Action)、そしてお客さんになる…。

図1 Purchase Funnel
AIDMA(アイドマ)っていうのかしら?
そうじゃ。今から100年近く前にアメリカの広告研究家が発案して世界に広まったんじゃな。海外ではPurchase Funnelと呼ばれておる。一つ一つ関門を突破してくれた潜在顧客が最終的に購買に至るという意味があるんじゃ。
へーっ。商品を知らない人がお客さんになるまでのプロセスを示してるんだね?
その通りじゃ。これは消費者購買モデルとして古くから研究されておるから、調べてみるとよい。では、事例を一つ見てみようかの。これは誰もが知る事例かもしれん。

事例23:アマゾン「ワン・クリック」の発明

1997年、J.ベゾスは二人の若いエンジニアと一緒にランチをとっていた時、「できる限り簡単に買い物ができるようにしたい」とつぶやいた。この願いを叶えたのが、あらかじめ顧客住所とカード情報をデータベースに登録しておき、サインインした顧客がボタンを一回クリックするだけで注文が完了するシステム「ワン・クリック」の仕組みだった。顧客の買い物の手間を少しでも減らせば売上が増え、競合相手を出し抜けると考えたのだ。
今でこそ、なんの変哲もないシステムだが、当時としては新しく、「通信ネットワーク経由で購入注文を実現する方法とシステム」として特許出願され商標登録も行った。これはビジネスモデル特許のさきがけになった。
『ジェフ・ベゾス果てなき野望』?ブラッド・ストーン著 井口耕二訳 日経BP社 ほか https://www.amazon.co.jp/gp/help/customer/display.html?nodeId=201443070

ふーん、確かにこれ便利だよね。
一度利用すると、IDが登録されて次回からワンクリックでオーダーできるのね。
すると、次回も使おうという事になる。さらにプライム客には基本送料無料にしたからリピートされる。これがインターネットの隆盛とタイミングが一致したので、爆発的に客が増えたとも考えられるんじゃ。これをAIDMAに沿って説明したのが表1じゃ。

表1

なるほど、あるある!
実は、この最後の「Action=購入する」という関門が「最後のひと押し」といって一番難儀なんじゃよ。「カゴ落ち」といって、カートに入れたまま注文されない商品が結構あるんじゃ。これを「ワン・クリック」という技で敷居を極限まで低くしたところがミソなんじゃ。
価格が安めに設定されているし送料も無料で早く届くから、衝動買いもしやすくなっているのよね。
次のもあることがきっかけで売上を大きく伸ばした事例じゃ。

事例24:機能性表示で大復活したカゴメトマトジュース

カゴメの定番商品「トマトジュース」が“血中コレステロールが気になる方に”という表示を2016年2月2日に開始した結果、前年対比出荷実績が328%に達したと発表。これは2015年4月から消費者庁による「機能性表示食品制度」が開始され、従来の「特定保健用食品(トクホ)」と「栄養機能食品」に加え、新たに科学的根拠に基づく有効性を表示できる「機能性表示食品」というカテゴリーが加えられたことに対応したもの。
カゴメは、新しい価値“リコピンが血中HDL(善玉)コレステロールを増やす”という効果が受け入れられた、と自己評価している。
実は2014年夏、カゴメはトマトなどの原材料費高騰や消費税引き上げに伴う需要減で国内飲料事業が15%も落ち込み、2014年12月期 業績予想を下方修正していたのだ。制度変更を上手に捉えた製品戦略で大きく復活した好事例となった。トクホの指定を受けるよりもハードルが低いため、現在カゴメ以外に200以上の商品が指定を受けている。
参考:「機能性表示食品カゴメトマトジュース売上好調のお知らせ出荷前年比328%を達成」カゴメニュースリリース 2016年2月22日 http://www.kagome.co.jp/company/news/2016/02/002602.html

「機能性表示食品制度がはじまります」消費者庁 平成27年4月 http://www.caa.go.jp/foods/pdf/syokuhin1443.pdf

前年比3倍以上の伸びって、スゴクない?
私も特にコレステロールが高いわけではないけれど、“体に良い”という安心感が無意識に働いちゃったのか、買ったことあるわ。
日本では心疾患や脳血管疾患が原因で亡くなる人の割合が25%以上と言われており※2、その原因の一つが悪玉コレステロールによる動脈硬化だという常識が広まっているから、潜在顧客層は膨大な数になるじゃろ。そこにコレステロール低下に効果があるといった表示をしたんで一挙に注意(Attention)、関心(Interest)を飛び越えてAction(購買)に結びついたお客さんが多かったんじゃな。
※2 出典:「病気の知識」シオノギ製薬 http://www.shionogi.co.jp/wellness/diseases/dyslipidemia.html

値段も手ごろだし食塩無添加の商品も分かりやすくなっているから、つい買っちゃうのかも。
これは肝心の中身は何も変わってないのに、表示を変えただけで売上が大きく伸びたというところが面白いのう。
これがマーケティングの威力なのか…。
ハッハッハ。そう捉えてもよかろう。重要なことは、Attention→Interest→Desire→Memory→Actionのそれぞれの関門の間際でお客さんをできるだけ逃がさない工夫をし続けることなんじゃ。
逃さない工夫って?
それはメッセージだったり、印象的な画像だったり、オトクなキャンペーンだったり、メールニュースだったり、手段やタイミングはいろいろ考えられるじゃろ。
お客さんが興味を持ってくれたら、それが薄れないうちに背中を押してあげるようなアクションをとるべきなのね。
そういうことじゃ。では次回はBtoBについて考えてみるかの。

【今回の用語まとめ】

消費者購買モデル

消費者が商品やサービスを初めて認知してから購買するまでのプロセスを説明するモデル。購買意思決定プロセスともいう。様々な考え方が存在し、最近はSNS拡大を意識した購買後の情報シェアまで考慮に入れたものも存在する。特に大手広告代理店の電通が提唱し登録商標にもなっているAISAS(アイサス)が有名。
【保存版】「消費者購買行動モデル」まとめ NAVERまとめ http://matome.naver.jp/odai/2132383210009786701

カゴ落ち

ECサイトなどで、いったんカートに入れた商品を結局買わずに放置する(される)こと。カート離脱率(放棄率)として認識され、平均60-70%が放棄されているといわれる。これはEC先進国米国をはじめ世界的な傾向でもあり、大きな課題になっている。カート放棄の原因は、購買までの手続きが複雑、入力すべき個人情報が多すぎる、決済手段の選択肢が限られる、配送料が高い、返品やキャンセルなどの情報がわかりにくい、などがあるとされる。