Written by 水間 丈博
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おか爺:昔システム会社の役員をやっていたらしい。好奇心旺盛で意外とモノ知り。趣味は音楽(クラシックからJPOPまで!)と囲碁(有段者)。ちょっとした丘の上に住んでいるので「おか爺」と呼ばれている。やや奇怪な老人。
タケシ:工業大学でITを学び、小さなIT会社に就職したITエンジニアの卵。社長に「マーケティングを学んでおけ」と言われている。近くにある母方の祖父、おか爺の家に時々遊びに行く。趣味はサイクリング。まだ彼女はいない。
カンナ:タケシの後輩。大学では文学部で日本史を学ぶ。会社では広報部に配属された。
社長からマーケティングを学ぶように言われたエンジニアのタケシは、近くに住む祖父「おか爺」の家に通い、マーケティングについていろいろな知識を吸収しています。マーケティングの基本について一通り学び終え、会社の後輩カンナちゃんと一緒にこれからマーケティングの実践方法を学んで行こうと考えています。前回は「ブランド・マーケティング」のお話でした。今回はその続き「ブランド構築」のお話です。
前回までの話でブランドの意味とか効果とかは理解できたけど、実際にはどうすれば「ブランド構築」ができるのかな?
時間が掛かるにしても、適切な方法って何かあるのかしら?
ハハハ、今回のテーマはまさしくそこなんじゃ。ブランド構築には「正しいステップ」があるのじゃよ。
正しいステップ?
いろいろな考え方があるんじゃが、代表的なものを一つ紹介しよう。これはアメリカのK.ケラーという先生が提唱している「戦略的なブランドマネジメントのプロセス」というものじゃ(図1)。順に説明しよう。
ただ商品名やロゴ、シンボルを決めただけではブランドにはならんな?
そりゃそうだよね、誰も知らないんじゃブランドになんかならないもの。
お客さんが良いイメージを持ってくれて、はじめてブランドなんじゃないかしら?
そのとおり。「ブランドポジショニング」とは、お客さんが持つイメージぴったりに自社のブランドを正確に位置付けることなんじゃよ。これは他社との差別化要素を明確にすることにもなる。じゃから、そのために「市場における自社ブランドの価値と存在意義」を再確認する必要があるんじゃ。
ナルホド、それで「ポジショニング」なわけだ。
それができるのは誰じゃろ?
創業者や社長さんとかかしら?
そのとおり!じゃから、トップの責任で長期的な展望を決めないと、ブランド戦略は成立しないんじゃよ。マーケティング部門や広報部門だけではできない話じゃ。
これは、ブランドの価値を広く市場やお客さんに、自信をもって伝えていく具体的な作業になる。
ここは、マーケティングの広報や宣伝の役割だよね?
まぁそうなんじゃが、前に言ったように“広告でブランドは作れない”。そこは忘れんようにな。
そうだったね、思い出した。
この作業には、お客さんにメッセージを伝えるキャッチフレーズやロゴの制作なども含まれる。それに、開発した商品の製品特性やバリエーションが、定義したブランド価値に合致しているのかを常にチェックすることも忘れてはいかんのじゃ。
お客さんに持ってもらうブランドイメージを損なわないように、注意するってことなのね。
さらに、社内にブランド価値を浸透させるための社員教育や組織作りもここに含まれるんじゃよ。
ブランド構築を実践していく中心は社員だから、全員がその価値を理解していることが必要なのね。
そして優れたブランドには3つの「一貫性」があるといわれておる。
3つの一貫性、ですか?
それは「時間経過に対する一貫性」、「商品相互間の一貫性」、「マーケティングミックスの一貫性」の3つじゃ。
3つもあるのか……ブランド構築って、やっぱり大変なんだな。
去年出した製品とまるで違うコンセプトの製品を同じブランドから出したら離反する客も出てくるじゃろ。それに、長く使い続けても大丈夫という安心感を裏切ってもいかん。それが「時間経過に対する一貫性」じゃ。
長く続く安心感か。そうか、うちの母さんも昔から変わらず虎屋のようかんと栄太郎飴が好きだからなぁ……。
爺: 「商品相互間の一貫性」は、違う商品でもブランド価値が同じであること、「マーケティングミックス」の一貫性は、商品、価格、販売チャネル、プロモーション全般にわたってブランド価値を矛盾なく体現させることなんじゃ。
そういえば、ポケモンGOのキャラクターって、どれもみんな可愛いよね!
オマエはそこか!
これは、思い描いていた通りにブランドが市場やお客さんに受け止められているかをモニターするステップになるの。例えば、お客さんの声や評価を「お客様相談室」やネット上の評判で調べることができるな。
口コミだね?
クレーム対応で炎上したりしないよう気を遣うところね?
そういうことじゃな。ここで問題や課題が発見されたら、STEP1やSTEP2に戻って微調整するんじゃ。
聞き慣れない言葉じゃが、「ブランドエクイティ」とは「ブランドの資産価値」という意味なんじゃ。ブランドが発展すること、すなわち支持してくれるお客さんが増えれば増えるほど、この資産価値が高まるわけじゃ。
資産価値って、お金に換算できるの?
そうじゃよ。前回もいくつか例を紹介したじゃろ。ブランド価値とは、要するに「のれん代」のことなんじゃ。
のれん代って言葉は、M&Aの時や海外企業買収で失敗した時なんかに出てくるよね?
それは「のれん償却」のことね?
そうじゃ、高いブランド価値をもつ企業は、その高い評価がM&Aの際の買収金額に反映されるんじゃよ。
そうだったのねー。
さて、自社のブランド構築のステップは見たが、今度はお客さんの視点から見たブランド発展の段階を見ていこう(図2)。
図2 ブランド・レゾナンス・ピラミッド
これまた、なんか難しい用語が出てきてるね!
これはケラー先生の「ブランド・エクイティ・ピラミッド」または「ブランド・レゾナンス・ピラミッド」という有名な図なんじゃが、「ブランド・レゾナンス」とは、お客さんが強烈にそのブランドを信奉していて、「絶対これ!」といったこだわりを持った状態のことを言うんじゃ。お客さんとブランドが同調している状態を「反響、余韻、共鳴」という意味のレゾナンスという言葉で表しているんじゃの。
うちのチームのヒロシくんは、家ではアップルのPC以外は買ったことないって言ってたなー。そういうヤツのことかー。
図の左の「ブランド開発のステージ」は、お客さんとブランドの関係がだんだん進化していく段階を示しているのね。
右側の「ブランディングの目標段階」は、お客さんのブランドに対するイメージの深さの段階なんだな。
そういうことじゃ。ではブランド構築の成功事例を見ることにしよう。
無印良品は1980年に西友の一事業部門としてスタートした。当初から大切にしていたアイデンティティは「生活者視点に徹する」こと。既存メーカーの製品を並べて販売するのではなく、生活者視点で独自の商品を生み出そうという「逆転の発想:マーケットイン」のコンセプトが当初から「無印」には込められていた。そこから生まれた新商品の一つが真っ白な「生成りのふとん」。布団には様々な色・柄があるのが普通だが、実際使用する際にはカバーをかけることが多い。そこで中身の絵柄をつけずに消費者の好みやライフスタイルに合わせてカバーを選んでもらおうと製作した。これにより大幅なコスト削減が実現し、安く提供できるようになったが、当初はメーカーから反発された。デフォルトでは泥除けやライトが付いていない「パーツを選べる自転車」を発売した時もそうだった。無印良品はその後も姿勢を変えず、さらに徹底して顧客の意見を商品開発に反映させるため、2009年「くらしの良品研究所」を立ち上げた。
出典:「デジタル時代のブランド育成方法、無印良品が進める絆づくりとは?」Markezine 2014.7.11 http://markezine.jp/article/detail/20386
参考:「シェルスクリプトマガジン VOL.35」(2016年3月号)
当連載第12回[事例19]
そうか、当初のコンセプトを変えずに徹底する!っていう姿勢がブランド構築に繋がるのか。
無印良品は以前にも取り上げたことがあるのう。ブランドというと「古くからある」というイメージじゃが、ここはブランドとしては比較的新しいんじゃ。それでも国内312店舗、海外344店舗を持つ大チェーン店ネットワークに育っておる。
海外でも「MUJI」ブランドで有名なのよね。シンガポールやオーストラリアに行った時にも見つけたことある※3。
多少の反対や事件では「ぶれない」ということが肝心なんじゃの。もう一つ「ブランド・レゾナンス」を示したともいうべき著名な事例をあげておこう。
※3 出典:㈱良品計画 企業情報(2016年2月期)http://ryohin-keikaku.jp/corporate/
1997年に日本進出した「ザ・リッツ・カールトン」は世界のホテルランキングでも上位を維持している。その卓越したサービスが「感動」を産んだエピソードは数多い。“彼女に結婚を申し込むつもりでホテルスタッフに「ビーチチェアを用意しておいて下さい」と頼んだら、椅子の前に男性が膝をついても汚れないようにタオルを敷き、白いテーブルクロスを敷いたテーブルの上に花束とシャンパンを置き、タキシードを着てお客様を待っていた”とか、“宿泊予定で荷物も送っていた老夫婦の自宅に強盗が入りそうになり、宿泊を急遽キャンセル。幸い問題は無かったが、その夜リッツから夫婦に荷物が届き、中を開けてみると焼きたてのクッキーとグラス、シャンパンと共にバスローブが二枚……「結婚三十周年おめでとうございます。お二人の力になればと思い、お祝いをお届けします。」とメッセージが添えられていた”とか。
「サービスを超える瞬間」を著した元日本支社長の高野登氏は、「サービスによって満足は伝わるが“感動”は伝わらない」と語る。その“感動を伝える”従業員はサービスの基本精神が書かれている「クレド(credo)」というカードを常に携帯している。また、従業員自らの判断で1日2,000米ドルまでの決裁権が認められている。
従業員を採用する際にも、ザ・リッツ・カールトン独自の人材採用システムを用いている。経歴や経験ではなく素質を重視した面接を行うため、採用までに長期に渡って時間をかける。これは、ザ・リッツ・カールトンの社風などをきちんと理解できた人が入社するというメリットがある反面、アルバイト・契約社員を採用する際も同じ面接を行うのでコストが掛かりすぎるデメリットもある。リッツ・カールトンは自らを取り巻く社会を3つの層で捉えている。「社員とその家族」が最も重要で、次に「パートナーとその家族」、最後に「お客様」なのだ。高野氏はこう語る。「「ザ・リッツ・カールトンは、お客様にわくわく感動してもらいたいと常に願っています。ただ、お客様の感動というものは、社員が働く中で抱く感動を超えることはないと考えています。そのため、このような優先順位となっているのです。」
出典:「リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間」高野登著 かんき出版
出典:「サービスを超える瞬間」の実現──ザ・リッツ・カールトンの経営理念と哲学」ITmediaエグゼクティブ (2011.2.8)
これ、なんかナットクしちゃうなー。「感動して働ける社員だけが感動を届けられる」って話だね。
爺: 「お客様第一」を掲げる会社は多いが、実際はそうでないことが多いからのう。従業員を第一に考えた上で“顧客への感動を届ける”を徹底して実践している姿勢は見事じゃの。
もしかして、“従業員が満足していなければブランドは構築できない”ってことなのかしら?
カンナちゃん、そのとおりなんじゃよ。ブランドを継続的に育成するためには社員が誇りを持って働ける環境づくりが重要なんじゃ。ブラック企業にブランドは定着せん。例えば、次のようなミッションを行動規範として全社員や関係者に徹底させると良いのじゃ※4。このような行動規範を明示すると同時に、従業員の待遇を改善しパートナーと捉えることによって、業務遂行の意欲を向上させることが、ブランド育成には有効なんじゃよ。
1.社員は互いに尊敬し合う。
2. 多様性を受け容れる
3. 最高のレベルを目指す
4.顧客が心から満足する製品を提供する
5.地域と環境を守る
6.利益を上げることは社会に貢献することでもある
難しそうだけど、大切なことだよね。
ブランド構築の奥深さが理解できました!
そうか、それは良かった。では、次回はブランドと関係のある「顧客経験価値マーケティング」に進んでいくかの。
またまた楽しみにしてるよ!
※4 出典:「ビジネスQ&A J-Net21 http://j-net21.smrj.go.jp/well/qa/entry/314.html
(つづく)
※図1, 図2 出典:Keller, Kevin Lane(2013), Strategic Brand Management: Building, Measuring, and Managing Brand Equity. 4th ed. Upper Saddle River, NJ: Pearson /Prentice Hall.(翻訳:筆者)