Written by 水間 丈博
本記事掲載のシェルスクリプトマガジンvol.40は以下リンク先でご購入できます。
おか爺:昔システム会社の役員をやっていたらしい。好奇心旺盛で意外とモノ知り。趣味は音楽(クラシックからJPOPまで!)と囲碁(有段者)。ちょっとした丘の上に住んでいるので「おか爺」と呼ばれている。やや奇怪な老人。
タケシ:工業大学でITを学び、小さなIT会社に就職したITエンジニアの卵。社長に「マーケティングを学んでおけ」と言われている。近くにある母方の祖父、おか爺の家に時々遊びに行く。趣味はサイクリング。まだ彼女はいない。
カンナ:タケシの後輩。大学では文学部で日本史を学ぶ。会社では広報部に配属された。
エンジニアのタケシは、社長からマーケティングを学ぶように言われ、近くに住む祖父「おか爺」の家に通い、マーケティングについていろいろ知識を吸収しています。マーケティングの基本について一通り学び終え、これから会社の後輩カンナちゃんと一緒にマーケティングの実践方法を学んで行こうと考えています。前回からは「競合優位追求型マーケティング」のお話で、今回はその後編です。
この前はポーター先生の3つの競争戦略(①低コスト戦略②差別化戦略③集中化戦略)からマーケティングを考えながら、日本の隠れた世界的企業を見てきたが、どうじゃったかな?
世界で活躍する日本の機械屋さんが数多くあって驚いたね。
日本の製造業は衰えたって聞くけど、まだまだ力強い会社が多くて層の厚さを感じたわね。
それでは一つ問題じゃ。この例はどの戦略をとったんじゃろか?
鴻海精密工業(鴻海科技集団:ホンハイ)は1874年台湾で創業した世界最大のEMS(電子機器受託生産:Electronics Manufacturing Service)企業、フォックスコン・テクノロジー・グループ(Foxconn Technology Group)の中核会社。当初は白黒テレビ用のプラスチック部品を下請けで製造する従業員10名だけの小企業だった。1981年にコンピュータ用コネクタ製造を開始し、創業者郭氏(現会長)の熱心な米国営業行脚が功を奏してインテル社などのPCのマザーボート用コネクターに採用されて急拡大、1993年には中国に最初の製造ラインを設置した。1990年代末にはPC本体製造も手掛ける。当時DellやHPがPC製造をBTO(Build to Order)方式に移行したのに伴い更に急成長し、中国本土の工場を拡大していった。米国にも営業拠点やR&Dセンターを設立、欧州にも進出した。その頃には液晶パネルやDVDなどパソコンの重要部品のほとんどを自社で製造できるようになった。2000年以降は携帯電話モジュールの製造に着手、その後iPod,iPhoneの世界拡大に歩調を合わせ、年商の4割がApple向けに。数々のM&Aを手掛けてきたが2016年3月にシャープを買収、かつての下請企業が注文主企業を併呑するにいたった。
現在世界14か国に製造拠点を設け、グループ売上高約14兆円(2014)、従業員130万人(2015)の巨大企業グループとなった。
さて、この事例を見ると、ホンハイは当初TV用プラスチック部品という狭い分野からスタートし、次にコンピュータのコネクターという地味なパーツを手掛けた(集中化)。さらに中国大陸に進出して低労働コストを生かしてPC部品を大量かつ廉価に供給できるようになり(低コスト)、やがてスマートフォンの大量受託、迅速な納品ができるようになったので(差別化)世界的にシェアを伸ばした、といったように見えるのう。
なかなか競争戦略のどれかの枠にはまりそうもないわね。
企業が成長すると共に採りえる戦略が違うってことなのかなー。
まぁそう無理に当てはめる必要もないぞな。
自社の製造能力と世界の顧客の動向を見て、いち早く有利な分野の技術と生産能力を磨いたのかも…。
おお、かんなちゃん、相変わらず目の付け所が良いな。そういうことなんじゃ。それではもう一つ別の戦略を紹介しておこう。アメリカのJ.バーニーという経営学者の唱えた企業戦略論における「リソース・ベースト・ビュー理論」、略してRBV理論じゃ。
RBV?RPGと紛らわしいよね?
バカモン!ちっとも紛らわしくないわ!
フフッ。おか爺さん、タケシさんは今“ドラゴンプロジェクト”ゲームにハマってるんですよー。
どうせ、そんなところじゃろうて。良いか?前回、ポーター先生の競争戦略論が“自社以外の存在との関係性を重視し、内部の特性や潜在的強みが考慮されない”と学んだところじゃが、バーニー先生のRBVはポーター理論に真っ向から反論して、企業競争力の優位性を企業内部の経営資源に求めた考え方なんじゃ。この考え方のフレームワークを通称「VRIOフレームワーク」というんじゃよ。
ヴリオ?またそれ何の略?
表1の4つの項目を自身に問うてみるのじゃ。
表1 VRIOフレームワーク
外の競合企業とか、お客さんとかではなくて、まずは企業自身で内的に競合優位性を検証してみるってことなのね?
そうじゃ。競合優位は外部環境による影響ももちろん大きんじゃが、何よりも企業内部で蓄積した価値を持続的に発揮できるかどうかにかかっているというわけじゃ。
言われてみれば当然のような気もするよねー。
順番に問うてみた結果、判明する競合優位性を絵にするとこんなふうになる(図1)。
図1:VRIO分析図※1
※1 出典:「《ミドルのための実践的戦略思考》ジェイ・B・バーニーの『企業戦略論 競争優位の構築と持続』で読み解く金属製品メーカーの人事課長・岩岡の悩み」東洋経済ONLINE 2012年5月11日 http://toyokeizai.net/articles/-/9120
バーニー先生は最後(④のところ)で、実は“持続可能性(Sustainability)”が重要だと説いているんじゃ。競合優位性を、企業の価値を軽視した一過性の施策で獲得できるようなものではないと言うとるんじゃな。
希少性があるだけでは優位性も一時的になってしまう可能性があるのね。
そうなんじゃ。では、ホンハイの事例に戻って考えてみようかの。こうまとめられるじゃろ。
表2 ホンハイのVRIOフレームワーク
ふーん、一応今は持続的競争優位ではあるけれど、最大限ではないってところなのか。競合優位ってやっぱりすぐにできるものじゃないってことがよくわかったよ。
Wikiで調べたら、ソフトバンクのPepperくんを作っているのもホンハイなのね。
実はこのRBVはポーター戦略に対抗した理論として有名で、さらにRBVの中でも経営学の大論争になっていて、決着がついておらんのじゃ。このほかにもマーケティングと切ってもきれない経営戦略の理論はたくさんあるから、勉強してみると面白いぞよ。
はいっ!勉強してみます!
マーケティングを学ぶのに経営学も必要なのかー。ヤレヤレ…。
では、最後に“戦略なくして競合優位を築いた事例”があるから見てみようかの。
戦略が無いのに競合優位?
そうじゃよ。実は、世の中そんな例の方が多いんじゃよ。“戦略ありき”で成功した事例は少ないのじゃ。成功企業は何かしらの戦略があった風な成功譚になりがちじゃからの。これもMBA教育の“悪しき影響”かもしれんなー。
ホンダが戦後原動機付自転車を開発し、1949年の1200台から1959年28万台へ販売量を増やし、国内に確固とした地位を確立した。次に目指したのはアメリカだった。しかし当時の北米バイク市場規模は年間6万台たらず。大型で馬力のあるBMWやハーレーなどの独壇場だった。すでに自動車社会だったのだ。ここにホンダは自ら市場を開拓しようと、250ccの“ドリーム”を持ち込んだ。しかし、ほとんどのバイク・ディーラーに敗戦国の小型バイクは見向きもされず、初年度売上はたった170台だった。ホンダの駐在社員は気晴らしに休日、日本から持ち込んだ仕事用のスーパーカブでロサンゼルス郊外のダートを走り回っていた。ところが、現地の人々から「その小さなバイクはどこで買えるのか?」と尋ねられ、日本に特別注文する羽目になった。その後この小さなバイクでダートを走る人々が増え、まったく新しい市場を予感する。結局大型バイクの販売をいったん諦め、スーパーカブに注力することにした。販売店はディーラーではなくスポーツショップだった。UCLAの学生が“You meet the nicest people on a Honda”というコピーを広告代理店に持ち込んだところ、採用され人気に火をつけた(この広告はやがて広告賞を受賞する)。このホンダの50ccバイクは米国にとっては破壊的技術だった。スーパーカブは世界で累計8,700万台(2014年)も売れる商品となった。
出典『イノベーションのジレンマ』クレイトン・クリステンセン 翔泳社?http://www.shoeisha.co.jp/book/detail/9784798100234
結局、最初は失敗だったってこと?
そうじゃな。クレイトン先生も「ホンダが北米やヨーロッパ市場を支配したのは、“明確な戦略的思考と積極的で首尾一貫した実行力が成しえた生産戦略と見事な広告戦略の勝利”と語られるが、現実はまったく違っていた」と記しているぞよ。
それでも市場では高名なBMWやハーレー・ダビッドソンに勝っちゃったのね?
実は、この後ハーレーも小型バイク市場に参入したのじゃよ。しかし、それは完全な失敗に終わってしまったんじゃ。
えっ?!どうして?
ディーラーが反対したからじゃ。大型バイクを扱い慣れたディーラーにしてみれば、小型バイクは利幅も薄いし手間がかかる。それに既存顧客が持つブランドイメージを壊してしまうと考えたのじゃ。
ナルホドねー。
それで高級バイク路線で生き残っておる。燃費は悪そうじゃがな。
へーっ、そんな歴史があるんだね。
やはり、いったん大きなものを手掛けて成功すると、小さなことに情熱が持てなくなるのかしら?
ハッハッハ。それが“ジレンマ”なんじゃ!さて、競合優位のマーケティングと題したが、マーケティングだけで競合優位を確立する方法はなく、組織全体として常にお客さんの顔を見ながら拡大のチャンスを耽々と狙い、チャンスがあったら素早く行動する、という活動を地道に続けるしか無いんじゃな。
マーケティングと経営が切り離せないってそういうことかー。
少しは理解したかの?ドラゴンちゃん!
ちょっちょっと、やめてよっ!
米国オハイオ州立大学の経営学者J.B.バーニー(J.B.Barney)が1996年に発表した「企業戦略論」で論じた企業の戦略優位性を企業内部のリソース(資源)に求めた理論。M.E.ポーターの経営戦略論では、競争優位性を市場と競合環境の綿密な分析により最も有利な位置を取ることによって生み出すと考える、いわゆるポジショニング理論であった。これに対し、企業内部の経営資源(リソース)にその源泉を求め、競争優位の要因は業界の特徴にあるのではなく、その企業自身が持つケイパビリティ(能力)にあるとした。VRIO分析で示される4つの条件を満たす企業が持続的な競合優位性を獲得できるとした。
参考:「Firm Resources and Sustained Competitive Advantage」 Jay Barney Journal of Management Vol.17 1996
http://www.business.illinois.edu/josephm/BA545_Fall%202015/Barney%20(1991).pdf
参考:「世界の経営学者はいま何を考えているのか」 入山章栄 (英治出版, 2012年)
参考:「はじめての経営学」 野中郁治郎, 楠木 健(東洋経済新報社, 2013年)