シェルスクリプトマガジン

ITエンジニアのためのマーケティング入門 第16回 (vol.39掲載)

Written by 水間 丈博

本記事掲載のシェルスクリプトマガジンvol.39は以下リンク先でご購入できます。

おか爺:昔システム会社の役員をやっていたらしい。好奇心旺盛で意外とモノ知り。趣味は音楽(クラシックからJPOPまで!)と囲碁(有段者)。ちょっとした丘の上に住んでいるので「おか爺」と呼ばれている。やや奇怪な老人。

タケシ:工業大学でITを学び、小さなIT会社に就職したITエンジニアの卵。社長に「マーケティングを学んでおけ」と言われている。近くにある母方の祖父、おか爺の家に時々遊びに行く。趣味はサイクリング。まだ彼女はいない。

カンナ:タケシの後輩。大学では文学部で日本史を学ぶ。会社では広報部に配属された。

第16回 マーケティングの実践 – その4 –

前回までのあらすじ

エンジニアのタケシは、社長からマーケティングを学ぶように言われ、近くに住む祖父「おか爺」の家に通い、マーケティングについていろいろ知識を吸収しています。マーケティングの基本について一通り学び終え、これから会社の後輩カンナちゃんと一緒にマーケティングの実践方法を学んでいこうと考えています。前回は「ファネルマーケティング」の話でしたが、今回は「競合優位追求型マーケティング」のお話です。

今日は「競合優位のマーケティング」の話をするかの。
競合優位って、ライバルがたくさんいる中で抜きんでることだよね。
その競合優位ってなんじゃろか?
ライバルの品物より品質が良い、価格が安い、性能が良いとかでしょ?
そんなふうに誰もが思っている場合にシェアが大きくなって競合優位になるんじゃないの?
カンナちゃん、それは良いところに気付いたの。“だれもが思っている”というところが肝心なんじゃ。競合優位性を簡単な絵にすると、このようになる(図1)。

図1

1つはコスト優位性じゃ。コストが低ければ安く市場に供給できる。安さは誰でも魅力じゃからの。もう1つは差別化優位性じゃ。「差別化」と括ってしまったが、この中にはいろいろある。
性能や品質とかデザインとかだよね。4Pの時に習ったよー。
そうじゃ。おいそれとライバルが真似しにくい特性を数多く持つことが肝心なんじゃ。
時間をかけて技術を磨いてきた企業が結局競合優位になりえる、って聞いたことがあるわ。
そうじゃ。ではまず競争戦略の基本をおさらいしてみるか。
マーケティングじゃなくて戦略の話なの?
タケシや。マーケティングを考えるときに登場する主体は何じゃった?
えーと、市場のお客さんと、自社と競合の3Cだったよね?
そうじゃ。競争戦略に登場するのも実はいっしょじゃ。じゃから競争戦略はマーケティング戦略に包含されるともいえるんじゃ!
えーっ?それ反対じゃないの?
それはどちらでも良いのじゃ!
マーケティングはマネジメントそのものっていう意味なのかしら?
カンナちゃん、ビンゴじゃ!マーケティングの大家、P.コトラーは、“競争優位という概念はM.ポーターが提唱した。しかし、マーケティングは昔から競争を意識してきた。顧客を獲得する、顧客を維持するというのは、競争するという事と同じ意味だ。競争を優勢に進めるためには、必然的に他との違いを強調する。つまり競争優位を実現し演出する。”といっておるぞよ※1

※1 出典:「コトラーのマーケティング戦略 最強の顧客満足経営をキーワードで読み解く」多田正行 PHP。?https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=4-569-63636-5

お客さんを獲得し続けることが会社を発展させるためには必要ってことね?
これが米国のポーターという経営学の大先生が提示した競争基本戦略の絵じゃ(図2)。どこかで見たことがあるじゃろ。表1は図2の意味じゃ。

図2

表1 出典:M.E.ポーター『競争の戦略』ダイヤモンド社

なるほど、集中戦略が低コストと特異性の両方をカバーしているっていう意味がわかったよ。
②と③は大きな市場シェアを狙いに行かない(シェアを諦める)代わりに非価格競争に持ち込める、という点が大きなメリットであることを見逃さぬようにな。
勝算の不確かな低コストの追求ではなくて、特徴を磨くことで活路を見出しているのね。
そういうことじゃ。これは今でも通用する基本的な原則といえるんじゃが、かなり前の文献じゃから、現実に合わなくなってきた面もあるんじゃ。さて、日本の実態はどうなっておるかの? 表2に整理してみたが、日本はやはり「集中化戦略」の得意な企業が多いようじゃの。

表2 日本企業の競争基本戦略

トヨタやホンダはわかるけど、そんなに世界的な企業が多いの?
バカもん!これを見てみよ!

事例26:世界シェアトップの日本企業まとめ

日本には世界シェアトップの企業が数多く存在する。ソニー(ビデオカメラ)、ミネベア(小型ベアリング)、日亜化学(白色LED)、JUKI(工業用ミシン)、日本精機(2輪車用計器)、日東電工(液晶用光学フィルム)、日立金属(高機能ネオジム磁石)、ホンダ(自動二輪)、ナブテスコ(産業用精密減速機)、日本セラミック(赤外線センサー)、SHOEI(高級ヘルメット)、マブチモーター(小型モーター)、任天堂(ゲーム機)、ワコム(ペンタブ)、ディスコ(半導体切削機)、シマノ(自転車部品)、村田製作所(セラミックコンデンサ)、浜松ホトニクス(光電子増倍管)、ファナック(工作機械用NC)、日本電産(精密小型モーター)、信越化学工業(半導体シリコンウエハ)、日本ガイシ(碍子)…
以上すべて世界シェア一位企業である。トヨタも2015年生産台数世界一に返り咲いた。
このように産業用素材や加工機械、計測機器などが多く、細かくて精密な分野は日本人の気質にマッチしているらしい。ホンダや任天堂などコンシューマ企業もあるが、その多くは歴史あるBtoB企業という点も興味深い。
出典「国内/世界シェア1位企業」NAVERまとめ http://matome.naver.jp/odai/2133603554882742001
参考「隠れた日本企業のチカラ」Nikkei http://vdata.nikkei.com/prj2/ft-jpglobal-c

こちらも世界シェア1位企業一覧。ニッチの宝庫。大多数の企業は大企業ではなく、一般的知名度も高くない。しかし定評ある日本の工業製品力はこうした企業が支えている。

へーっ!結構たくさんあるんだね。知らない会社ばかりだけど、ボクが乗ってるロードバイクの変速機はシマノ製だよ!確かに世界中のスポーツ車の変速機はだいたいシマノのパーツがついてるんだよなぁ。やっぱ、世界一なのか…。
お得意の自転車の話じゃな?ハッハ。
そう言えば、ノーベル物理学賞を受賞した小柴先生や梶田先生のニュートリノの業績も、スーパーカミオカンデに設置されている浜松ホトニクスの光電管が貢献しているってニュースで見たことあるわ。
この例で挙げた以外にもまだまだたくさんあるんじゃ。さて、こうした世界的なシェアを確保した企業は、ニッチではあるがその分野のリーダー企業なんじゃ。じゃから、こうした企業のマーケティングは自然と2つの方向に向かうことになる。
2つの方向?
1つはシェアの維持と拡大、もう1つは市場の拡大じゃ。
やっぱりそうなるんだよね、簡単ではなさそうだけど。
その通りじゃ。かなり有名な事例じゃが、格好の題材があるぞよ。

事例27:ゼロからのスタートでシェア20%

格安海外航空券で一世を風靡し、今や国内外旅行会社の大手となったH.I.S。創業は1980年で運輸大臣の認可を受けられたのはその翌年だった。H.I.Sの取締役だった大野尚氏が入社したのは1984年、福岡営業所だった。社員はたった二人、机が一つしか無く、「やむを得ず自分の机や椅子・電話回線等までも持ってきた。しかし社長の澤田さんは”世界一になるよ、航空会社も作るよ。”と言っていた。最初は“ホラ吹きだなぁ。”とか“騙された”と感じたが、彼のオーラに引きこまれた。仕事は毎日チラシ配りだけだった。しかし諦めず目の前のできることを続けた結果、福岡市内で一番綺麗なオフィスと良い挨拶でお客さまを迎えられる旅行会社になった。」と語る。
H.I.Sは現在年商5,374億円(平成27年10月期)の大企業となり、2016年2月には国内主要49社でシェア19.6%(売上高比)を達成している。ハウステンボスを傘下に収めたほか、今後訪日外国人向けのインバウンド市場拡大のために海外店舗を増やしており、既に200店舗を超えている。

出典  ベンチャー企業HISの成功方法「ゼロからの挑戦」FUKUOKA成長塾 http://www.fukuokajuku.jp/archive/past8.html
H.I.S IR情報ほか http://his.co.jp/ir/

H.I.Sって、ウワサでは聞いたことあるけどホント急成長したんだね。スゴイなー。
旅行業界は古い業者さんが数多くいるらしいから、並大抵の努力ではなかったでしょうね。
ワシも若い頃に街で単色刷りの粗末なチラシを何度ももらったことがあるが、その航空券の激安ぶりには驚いたのー。それで何度か使わせてもらったんじゃ。
おか婆さんと海外旅行に行ったんでしょ?
バカモーン!ノーコメントじゃ!

 

ITエンジニアのためのマーケティング入門 第17回 (vol.40掲載)

【今回の用語まとめ】

ポーターの競争戦略

米国の競争戦略論の大家、M.E.ポーター(Michael Eugene Porter)が発表した経営戦略論。多くの戦略に関する著作があるが、代表作『競争の戦略』は経営戦略論の古典として今日でも多くの経営者や、経営学を学ぶ学生の間で利用されている。「3つの競争基本戦略」のほか、「5つの競争要因」という“顧客の価格引き下げ圧力、新規参入者の脅威、代替品出現の脅威、供給事業者の価格交渉力、競合者間の敵対関係の5要素のうち、どれか1つでも強くなると競争環境が変わる”とする5フォース分析やバリュー・チェーンなどの考え方を広めた。
その後多くのポーター理論への批判があり、

1. 顧客の視点がほとんど含まれていないこと
2. 自社対競合などの、自社以外の存在との関係性を重視するが、企業自身の内部的特性や潜在的強み(後にコア・コンピータンス理論に繋がる)が考慮されないこと

などが批判の対象となった。「できるだけ競争しないのが競争戦略」と揶揄されたが、名著の誉は今日でも揺るぎなく、MBA学生や経営者の必読書となっている。