シェルスクリプトマガジン

「無意味な行動をとらせる力」を使え! 環境ITベンチャー ピリカのつくりかた

本記事は、シェルスクリプトマガジンvol.47掲載「技術者哲学 ピリカのつくりかた」のダイジェスト版です。

株式会社ピリカは、『科学技術の力であらゆる環境題を克服する』と謳い、ポイ捨ての解決をビジネスにしているITベンチャーです。
実際に彼らのゴミ拾いアプリ【ピリカ】を使ってみると……

 「ゴミが落ちてるぞ!」

「拾って写メを撮って…」

「ピリカに投稿だ」

「拾ったゴミはゴミ箱へ」

(数時間後)「お、【ありがとう】がたくさんついてる。いいことした気分!またゴミが拾いたくなってきた」

 

と、一見結びつきそうにない【IT】と【環境問題】と【ビジネス】が、たしかに融合していました。

この秘密を探るべく、編集部は開発元の株式会社ピリカを訪れました。

インタビューに応えてくれたのは代表の小嶌不二夫さんとCTOの高橋直也さん。起業に至った経緯、環境問題にIT技術ができる貢献、そして今後の展望を伺ってきました。
(聞き手・まとめ シェルスクリプトマガジン編集部)

 

ピリカができるまで

―今日はよろしくお願いします。まずは、小嶌さんが「IT技術で環境問題を解決するビジネス」を始めるに至った経緯を聞かせていただけますか。

小嶌:僕が環境問題に興味を持ったのは、小2のときに読んだ、ポプラ社の「地球の環境問題」シリーズがきっかけです。図書室の隅っこにあったこのシリーズに異常にハマって、同じ本を何度も借り直した記憶があります。その頃の僕は「大きな問題を解決する」ことに魅力を感じたのでしょう。もちろん、大人になってから勉強し直すと当時とは状況が変わっているわけですが、最初のきっかけはこのシリーズでした。

 

―環境問題の解決に取り組むうえで、起業という形をとったのは何故ですか?

小嶌:大学に入った頃は研究者を希望していました。でも、学部四年で研究室に配属になったら、二週間くらいで「これ、全然面白くないな」と思ってしまい、そこで研究者の道は諦めました。割り当てられた研究が合わなかったということもありますし、「研究者として」環境問題にアプローチするのは、自分の場合はちょっと違う、とも思い始めたからです。当時の僕の視点からは、研究とは「人生を賭けてひとつのテーマをひたすら深掘りする」ものに見えたのですが、そうすると、僕が小学生の頃読んだ本の「一冊分」は解けるかもしれないけれども、「残りの分」が解けないじゃないですか。

―たしかにそうですね。

小嶌:一方で、「お金」だったら全てのことに使えますよね。ひとつの事業で得たお金を他の分野に転用していくことができますから。そこで、学部四年で「研究面白くないぞ」と感じてからは、自分で事業を立ち上げるのか、それとも仕事を学ぶためにまずは企業に就職するのか、大学院でのモラトリアムの間に自分の道を決めることにしたんです。だから、大学院に入ってからは海外で働いてみたり、色々な国を旅してみたりしました。

―なんとなく大学院に進んでモラトリアムを過ごす、という人は多いですが、小嶌さんは環境問題にどう取り組むべきか見定めるために、モラトリアムを「積極的に取りにいった」わけですね。その結果「ゴミ問題」を選んだのは何故ですか?

小嶌:ひとつはお金の問題です。環境問題の範囲はとても広いわけですが、多くの問題は解決に莫大なお金がかかりますよね。浄化フィルターひとつ開発するのにも何千万円もかかってしまう。だから「安く始められること」が絶対条件だったんです。
一方で、安く始められたとしても「汚染を除去するフィルターの、この一部分だけを作りました」で終わっては悲しいですし、全体の問題の解決には到底達しません。そこで、「将来的には大きな広がりを持っているけど、入り口は小さい」テーマとして、ゴミ問題に取り組むことにしたわけです。

―なるほど。

小嶌:世界一周旅行をしていた当時、100くらいアイデアをメモ帳に書きためたんですが、結局「これだったらいけるかもしれない」と思えたアイデアは、その中の3つくらいを組み合わせた1つだけでした。
それは「Googleマップのような地図に、色々な環境問題の情報を載せ込む」ことです。
これまでにも、様々な自治体さんや団体さんが地域の問題解決をしようと努力されていますが、その中には、「『○○川を綺麗にしよう』という活動が盛んだが、実際にはその隣の川の方が汚い」のような状況が結構ありますよね。そういう状況に対して、位置情報付きで環境問題の見える化をすることで、環境問題を解決しようとしている人の行動を最適化したり、関わる人を増やしたりできるのではないかと思ったんです。

―最初のアイデアは「環境問題のマッピング」だったんですね。スマホにピリカをインストールすると、道端でゴミを見つけたときに自ずと拾いたくなってしまうので、よく出来た仕組みだと感心しています。この効果は狙って設計したんですか?

小嶌:まさに、世界の国を旅している間にそれと同じ体験をしたんです。iPhoneを持って旅に出たんですが、スマホの位置情報をオンにして写真を撮ると、現在地がマップにピン留めされるじゃないですか。アフリカの街にいるときに、ピンがもう世界を半周していることに気がついて、「おっ、これは面白いな」と思ったんです。なにか、色々な街を征服したみたいで。そこからは無意識に、新しい街についたら意味もなく、位置情報をオンにした状態で写真を撮るようになっていきました。部屋の隅とかでもとりあえず撮るんですよ、位置情報を刺したいから。

―「ピンを刺すこと」自体が目的になってしまったんですね。

小嶌:後から振り返ってみると、「なにこの無意味な写真」って思うわけですが、これって、要はゲーム性とか面白さによって人に「無意味な行動」をとらせているってことですよね。

―たしかにそうです!

小嶌:人にこういう無価値な行動をとらせられるなら、もしかしたら情報くらい送ってくれるかもしれないし、ゴミくらい拾ってくれるかもしれない。「位置情報付きで写真を撮ること」にそういう力があるのなら、これを使って面白いことができるかもしれないと思ったんです。

 

環境問題をビジネスにする

―大学院での経験をヒントにして始まったピリカですが、株式会社ピリカが現在展開されている事業を紹介していただけますか?

小嶌:現在はスマホアプリ「ピリカ」を使ったゴミ拾い支援事業と、画像認識システム「タカノメ」を使ったポイ捨て調査事業の二本立てです。ゴミ拾い事業の収益は、様々な企業さんからの広告・協賛と、ピリカの仕組みを使ってくださる地方自治体さんからのシステム利用料です。タカノメによる調査では、案件ごとに調査面積に比例した調査費用を頂き、得られたデータを基にした研究成果に対しても研究費用を頂いています。

―どんな組織がタカノメによる調査・研究のクライアントになるのですか?

小嶌:協賛企業でもあるJTさんを例に挙げて説明しましょう。タバコのポイ捨てはJTさんにとってもデメリットですよね。ポイ捨てがあまりに酷いとクレームが来たり、場合によっては自治体に喫煙所を作らせてもらえなくなったりしますから。ですから、喫煙所をどうデザインすれば地域のポイ捨てを抑制できるのか、喫煙者・非喫煙者双方にとって暮らしやすい町や制度を作れるか、ということを研究する動機がJTさんにはあるわけです。このケースでは、自治体・JT・ピリカで協定を結び、データと費用を頂いて調査を行っています。

―タカノメによる調査費用は調査面積に比例するとのことですが、どのようにサービスの価格を決めたのですか?

高橋:タカノメに関しては、面積に原価が比例するのでそこに値段つけたということですね。

小嶌:買い手のことを考えると、自ずと売り方が決まってくるという面もあります。環境問題のビジネスとしての特殊性は、直接的なお客さんであるゴミや大気、川や海からはお金をとれないことですよね。

―そうですね。

小嶌:だからその代わりに、問題を抱えている「人の問題」として売るしかない。「ポイ捨ての問題」では売れないので、見方を変えて「地域の美化」の問題として扱って自治体の地域美化の担当者さんに買ってもらう、河川の問題として切り分けて、喫煙所の問題として切り分けて……という発想に、どうしてもなります。そこで、ときには相手に尋ねながら「買ってくれる方法」を探すわけです。例えば自治体を相手にするなら、議会を回さずに使える予算はそれぞれの市区町村によって違いますから、それらに柔軟に対応でき、なおかつ予算に合わせて調査規模を拡大できるような売り方になります。

 

環境ベンチャーのエンジニア

―現在CTOとして開発を担当されている高橋さんは、どのような経緯でピリカにエンジニアとして参加されたのですか?

小嶌:システム開発の会社に就職した大学時代の友人に「ピリカを作っていく上でどうしてもエンジニアが必要なので、周りで一番優秀な人を紹介してもらえないか」と頼んだら、その場で電話をかけて、同僚だった高橋さんを紹介してもらったんです。

―え、そんな簡単に決まったんですか?

高橋:参加といっても、最初の3年間は週に2時間くらいでした。普段の仕事とは別のことに関わっていたいという希望はその前から持っていましたし、実際にピリカに関わる2時間がいい気分転換になって、普段の仕事でも楽しくいられたんです。ピリカをやっている間にも、もう一社並行でやっていたこともあります。ピリカにフルタイムで関わるようになったのは、私も東京に出て来てからですね。

小嶌:高橋が参加した当時は二人とも関西にいましたが、それからすぐ僕は東京に出て来ました。なので、遠隔でのやりとりの期間が長かったですね。現在でも、当時の高橋のように他の仕事をしながら関わってくださる方や、北海道やアメリカなど遠隔で関わってくれる方がいまして、30名近い方の力を借りて事業を行っています。

―アイデアを出す小嶌さんと、それをシステムで実現する高橋さんは、どういう関係で仕事を進めているのでしょうか?

高橋:自分が関わる部分については、割とやりたいようにやらせてもらっています。基本的に、作りたくないものを作ったことはないはずで、「何を作るか」を決める時点で自分の意見をある程度反映させています。

小嶌:例えばタカノメは、そもそものサービスの構想自体が高橋の発案です。私が持っていたのは「ゴミの種類と数を、安く、正確に、そして様々な場所で同じ基準を適用して調査したい」という方針だけでした。それを人力でやるにはお金もかかるし、限界もある。なによりも面倒な作業ですから、やる方が幸せになれないですよね。その解決のために「スマホで写真を撮って、画像解析でゴミを見つける」というシステムの大枠を考えたのは高橋なんですよ。

 

 

シェルスクリプトマガジンvol.47に掲載の本記事ロング・バージョンでは、科学技術・ITが環境問題にできる貢献について小嶌さんが考える「ピリカの基にある哲学」を、よりつっこんで伺っています。